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斜里町内の文化財は、国指定文化財9件、北海道指定文化財5件、斜里町指定文化財11件、登録文化財1件があります(令和2年3月1日時点)。 北海道指定文化財である斜里朱円周提墓群出土品および斜里町指定文化財の旧斜里神社拝殿、 […]

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来運1遺跡

来運1遺跡は縄文時代中期末頃の集落跡である。本遺跡より発見された土葺き伏屋式平地建物跡は、縄文時代の平地式遺構としては国内初の出土例であり、かつ、最大級のものである。明瞭に残されていた炭化材は、その構造から屋根材であるこ […]

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チャシコツ岬上遺跡

サハリン・北海道・千島列島などオホーツク海沿岸部に広く分布したオホーツク文化終末期を中心とする拠点的集落遺跡である。知床半島南西端から海に突き出た標高55mの岬状を呈する海岸段丘上に、8~9世紀にわたって31棟の竪穴(た […]

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斜里朱円周堤墓群出土品

多くはの河野広道(1905–63)らによる朱円周堤墓群の発掘調査(1948–49)により副葬品として発見されたもので、縄文時代後期末の栗沢式土器、長さ73 cmの石棒、ヒスイ製の玉やサメ歯製品の装身具など29点からなる。 […]

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朱円竪穴住居跡群

海岸砂丘上にあり、カシワやイタヤカエデ、トドマツなどからなる森の中におびただしい数の窪んだ住居跡が見られることにより「朱円千穴」と呼ばれ親しまれてきた。住居跡の形態から、この砂丘には数千年にわたる縄文文化中期から続縄文文 […]

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斜里朱円周堤墓群

土堤が円環状にめぐることから長らく環状土籬(かんじょうどり)と呼ばれていたが、調査の結果、同様な遺跡すべてが墓であることが明らかとなり、現在は「周堤墓」と呼ばれている。 昭和23〜24年河野広道氏の発掘調査により、縄文時 […]

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旧国鉄根北線越川橋梁

旧根北線は、知床半島の基部を横断し北見地方と根室地方を結ぶ路線として1938(昭和13)年に着工された。1940(昭和15)年には第一幾品川橋梁(通称越川橋梁)が斜里町越川地区に完成。しかし鉄道建設工事はこの年に中断され […]

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斜里神社石灯籠

1834(天保5)年に奉納された一対の石灯籠。三上伴七(当時のシャリ場所支配人)と畑藤清六郎右衛門(シャリ場所を請け負っていた藤野喜兵衛の持ち船住吉丸の船頭)が寄進したものと考えられている。近世のシャリ場所の繁栄を今に伝 […]

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津軽藩士死没者の供養碑

この碑は1807(文化4)年におきた津軽藩士殉難者の慰霊のために1812(文化9)年、前田久太郎、尾本太吉、惣番人中を施主として下町に建立された。一体は1894(明治27)年に皆月寺(後の西念寺)に安置したが、1952( […]

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津軽藩士シャリ陣屋跡

1807(文化4)年、幕府より斜里地方の沿岸防衛を命ぜられた津軽藩は7月から藩士100名が駐屯して沿岸警備にあたった。このとき斜里前浜に建てられた陣屋3棟(3間x12間2棟、3間x10間1棟)の場所を「松前詰合日記」から […]

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